崖の淵から、こんにちは。

崖の淵から、こんにちは。

迷走中の崖っぷち女です。アフィリ 麦チョコ やっぱり映画

拝啓 アームストロング船長

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橋くんが

近所のアパートに引っ越して来たのは

小学校4年生になったばかりの春


隣のクラスの転校生だったけど

家が近いこともあって

私たちはすぐに仲良くなった。


彼がとてつもなく頭が良いとわかるのに

そんなに時間はかからなかった。

それでもあまり目立つ存在でなかったのは

あえてそうしていたのではないかと

今になって思ったりする。


がその頃夢中になっていた遊び

「磁石散歩」

ヒモに磁石を結んで引っ張って歩き

磁石についた砂鉄を集めて

父からもらったフィルムケースに入れる。

本当は砂場を歩き回りたいのだけれど

それはルール違反。


私の砂鉄コレクションを見て

高橋くんは「すごいね!」と言ってくれたし、

良さそうな砂がある場所を

一緒に探してくれたりもした。


はお母さんと二人暮らしで

お父さんはいなかった。

お母さんはとても痩せていて

お婆さんみたいだったけれど、

毎日夜遅くまで働いていた。


高橋くんは時々

私の家で一緒にご飯を食べることがあり、

夕飯のあと

私たちは父の書斎へ行き、

望遠鏡で月や星を眺めたり

顕微鏡で虫や草花やホコリを観察した。


父と高橋くんには

三国志」という共通の話題があり、

私はいつも2人の会話に入れずに

もっぱら集めた砂鉄を眺めていたのだけれど

楽しい時間を過ごしたことに違いはない。


また春が来て

私たちは5年生になった。


る日のこと

高橋くんとお母さんが

とても慌てた様子でうちに来て

父に白い封筒を渡していた。


その中を見た父は、彼の頭をくしゃくしゃっと

何度もなでて喜んでいて

彼のお母さんは小刻みに肩を震わせながら

多分、泣いていたように思う。


そのまま、うちでお祝いの会をして

父が久しぶりに酔い潰れて寝てしまった後

高橋くんが私に白い封筒を見せてくれた。

難しい漢字ばかりだったし

書類を読んで理解できるほどの能力のない私が

困惑していると、彼は言った。


「こっかぷろじぇくとに選ばれた」

「ボク、アメリカに行くんだ」


ハッキリとは覚えていないが

『優秀な子ども数名を選抜し、未来に羽ばたく人材に育てる』

という国家プロジェクトに高橋くんが選ばれ、

そのプロジェクトの一環として

夏休みに、NASAのある

ヒューストンに連れて行ってもらえる。

という話しだった。


NASAに行く=月に行く と勘違いした私


「月の砂を拾ってきてね!」

興奮しながらお願いすると、

「ヒューストンの砂でもいい?」

と言って笑った彼の右ほほのエクボを

夏が近づくと今も時々思い出す。


が家は夏休みに入ってすぐ

祖父母の田舎に帰省した。

海や山に行って遊ぶことは楽しかったが

私は少しソワソワしていた。

高橋くんのNASAに行く日が近づいているからだ。


東京に戻ってすぐ

お土産の干物とフィルムケースを抱えて

急いで彼の家に走った。



高橋くんの家は留守だった。


その次の日も

その次の日も


高橋くんの家から

返事が聞こえてくることは、なかった。



それからしばらくして

高橋くんちのドアを開けたのは

アパートの大家さんだった。


6年生になった頃

私は磁石をぶら下げて歩くことをやめ、

砂鉄を集めることもなくなった。


高橋くんのお母さんは

多額の借金を抱えていた。

ということを私が知ったのは

それからずいぶん後のことだ。



高橋くん、

アメリカが月に行く計画を再開したよ。


今度こそ

月の砂

持って帰ってきてください。