崖の淵から、こんにちは。

崖の淵から、こんにちは。

迷走中の崖っぷち女です。アフィリ 麦チョコ やっぱり映画

今をもがいている、私たちへ。

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確かあれは、今から10年ほど前。

30歳が目の前に迫っていた時のこと。


周りの友人が一生懸命仕事に打ち込んだり

子育てに追われていたり

キラキラした生活を送っていた中で

私だけがたったひとり

「このままじゃダメだ」「なんとかしなければ」

と、相変わらず漠然と

ここではないどこかを求めて、

でも、何をすべきかも見つけられず

悶々と日々を過ごしていたのです。


つまり、私にも、もがき苦しんでいたOⅬ時代があったわけで。


そう、これは、出世するでもなく、夢があるでもない

29歳派遣OLだった頃のお話しです。


そんなある日の夜、

ネットで何げなく見た「自己啓発」という言葉。

なんだろう?と、読み進めていくうちに

これこそが今の私に必要なものじゃないのか!

単純な私はいつものようにすぐに感銘を受けてしまい

最後までスクロールすると、こんな感じのステキなお誘いが。

あなたもこれで成功者に!本当の自分を開花させ、埋もれた能力を高めます!
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はい。わかってます。

今思うと、ものすごく怪しい。


でもさ、「特別」「半額」「限定」ですよ?

3つ揃っちゃってたら、ポチリますって。


しかも、ほら、あの時は29歳だし。もがいてたし。


つまり、バカな私は、ポチッと申し込みをしてしまったのでした。



さて、次の日曜日

いよいよセミナー当日です。

ところで何を着てけばいいの?

そうだ!白いシャツに白いパンツで

新しい自分になりたいアピールで行こうっと。


全身白でなくても、いいだろう。

ノンスタ石田じゃあるまいし。


そんな声も聞こえてきますが、

でもそこは若さゆえの愚かさで、

颯爽と玄関のドアを開けたのでした。


地図を駆使して辿りついたのは

お茶の水の雑居ビル

昭和感漂う外観に不安がよぎる。


でも、もうお金払っちまったし。

しばし躊躇するも

思い切って、ホコリ臭いエレベーターで3階へ


「こんにちは!」「お待ちしてました!レモンさん!」


エレベーターの扉が開くなり、驚くほど大きな声で

40歳くらいのマイケル富岡似の男が、私を出迎えたのでした。


なぜ、私がレモンだとわかったの?これぞ自己啓発

なんて、思いながらも、マイケルに導かれるまま入室。


ホワイトボードと、長テーブルと、パイプ椅子しかない

雑居ビルの小さな部屋は「いつでも撤収できますよ」

って言っているようなものでして。

「あぁ、失敗した」と思って後ろを振り向くと

すでに部屋の扉は閉められていて、

私は為すすべもなく

3列しかないテーブルの後ろの角に座ったのでした。


参加者は私を含めて計5名。

私以外は全て男性。

そうか、だから私がレモンだとわかったのね。


長テーブルには2人ずつ着席。その距離感がなんともいえない。


参加男性は、ざっと見た限り30代~40代?

なぜだか、ほぼ全員、小太り。

そう、もちろん、私も含めて。


どうやら講師はマイケルで、

スタッフは他に眼鏡の男性と派手な女性。


ショッキングピンクの超ミニスカートのダブルスーツ

腰まであるストレートの髪を

何度もかき上げる派手な女性スタッフは

まさに浅野温子そのもので、

マイケルと温子の眩しすぎるバブリーカップルに

私たち小太りは、顔を上げるのこともためらうのでした。


「さあ!では始めましょう!」


マイケルのバカでかい声が、ボロいビルの窓を震わせて

いよいよセミナーの、はじまりはじまり。


さて、まずは、机の上に無造作に置かれた冊子を使っての座学講習。

マイケルが時々ホワイトボードに汚い字で「他者」などと書き連ねながら、なにやら説明しています。


あぁダメだ。全然、頭に入らない。


マイケルの異常なほどの歯の白さが気になって

そして、時々謎のウインクをしてくる奇行が恐ろしくて

全然、話が頭に入らない。帰りたい。


「さあ!いよいよ皆さんもやってみましょう!!」


え?なにを?まさかウインク?

席を立つように促され、恐る恐る立ち上がる小太り5人衆。


「さあ!では、皆さん一緒に、こんにちはー!!」


・・・・・?


「皆さんも一緒に声を出すんですよ!」

「せーのっ」

「こんにちはー!!」


マイケルとスタッフしか声を出してないこの状況。

仕方ないと思います。


「それでは、皆さん、窓の前に立ちましょう」


今度は何なんだよ。もう帰りたい。

窓の前に一列に並んだ私たち。

あぁ、ここはお茶の水の雑居ビル。

見える景色は、隣のビルの古びた壁面。


「さぁ、皆さん!今度は窓に向かって「こんにちは」と言ってみましょう!」


それ、まだやるの?しかも、窓に向かって?


「せーのっ」「こんにちはー!!」

「窓を震わせないと、終わりませんよ!!」


え?終わらないの?マジで?どうしよう。


「・・・こ、こんちは」

諦めたのか、受け入れたのか

隣のおっさんのつぶやきが聞こえてくる。


「もっと!窓を震わせられないと終わりませんよ!」

『こんにちは』


「負けてばかりの人生を変えるために来たんだろ!」

『こんにちはー!』


「自分の殻をここで破らなきゃ、いつ破るんだ!」

『こんにちはーっ!!!』


気が付くと開き直った私たちは、

バカでかい声で、何度も「こんにちは!」と叫んでいるのでした。


「やりましたね!窓が震えてる!心も震えていませんか?」


そんなことで、心は震えませんけどね。って、思いながらも

私たちは、互いに顔を見合わせながら「うん」なんて

うなずき始めてしまっていたのです。


振り返ると、長テーブルは撤収され

部屋の中央には、パイプ椅子が円になって置かれていて

マイケルを含めた6人が

丸く並べられた椅子に座って、改めて顔を見合わせると

どうも居心地が悪くって、

私たち参加者は、下を向いて目を合わせないように

必死に努めているのでした。


マイケルぅ、早く、なんかしゃべれよっ


私の念が通じたのか、

マイケルは先ほどとは別人のような穏やかな優しい声で


「みなさん。ここで、私についてお話しいたします。」

「私は、幼い時に父と母を事故で亡くし...」


と、自分の生い立ちについて話し始めたのである。


マイケルの話は、こんな感じ。

幼いころに父と母を亡くした彼は、親戚の家をたらい回しにされ、最終的には、九州に住む、病弱な祖母に引き取られた。
優しい祖母の元、貧しくとも穏やかな生活を過ごしたのもつかの間、高校1年生の春、その祖母が亡くなった。天涯孤独となった彼は自暴自棄になり、不良になった。
大人がみんな、自分のことを見放す中で、唯一、担任の先生だけだが不良少年のマイケルを見捨てずに、厳しくも愛情を持って指導してくれた。
そして、卒業後も先生に支えられ、仕事をしながら夜間の大学に通い、今こうして成功をおさめることができたのである。

と、まあ、昔の大映ドラマみたいな波乱万丈な人生に


「本当か?本当の話しなのか?」

と、はじめは半信半疑だった私たちも

大好きな祖母が亡くなる場面では、

後ろで嗚咽する温子に背中を押されるように

私たちもハンカチで涙を拭い、

大学を卒業できた時には

「おめでとう!よく頑張ったね!」

と、熱い拍手を送っていたのでした。


小休憩のあと、今度は参加者の自己紹介。

誰から話すの?無理だよ、私はっ

とういう無言の押し問答が渦巻く中、

40歳くらいの男性が

「では、私がお話しします」といって立ち上がった。

そうだね。やっぱり年功序列


営業の仕事をしている彼は、成績が振るわず

上司には嫌味を言われ、同僚には笑われ、女子社員には相手にされず

毎日会社に行くのが、辛くて辛くて辞めたいのだけれど

同居の両親を心配させたくないために、頑張っている。

だから今日は自分の殻を破って、営業成績を上げて、みんなを見返したい!

そう思ってセミナーに参加したとのこと。


彼の高い志に感動するよりもなによりも

彼の実年齢が28歳であることが判明し

椅子から転げ落ちそうになるのを必死にこらえる私なのでした。


他の参加者も

プレゼンが上手くなりたいサラリーマン

話し上手になって、女性と仲良くなりたいオッサン

不愛想な自分を変えたい店主


と、みんな前向きで、明確な目標を持っていて、

あぁ、私は、一体何を話せばいいんだろう。

と、ますます追い込まれていきながら、

ついに最後、私の番が回ってきました。


もういいや、正直に自分のことを話そう。


私は特にこれといった目標もなく、ただ漠然と生きてきました。
でも最近、私は将来に対する、ぼんやりとした不安があるのです。


って、おまえは、芥川龍之介かっ!!

自分で自分にツッコミを入れながらも、

大きな山も谷もないのに、沼にはまる人生をボソボソと話してみたのでした。


マイケルをはじめ、参加者みんなが私の話しに耳を傾けてくれて

温かい拍手を浴びた時には

私の目からポロポロと涙がこぼれ落ちていて、

ふと気が付くと、もう16時。終了時間の30分前。


「皆さん、今日はいかがでしたか?」

「自分の殻を少しだけ、破ることができたのではないでしょうか!」


私たちは、もはやマイケルの大きな声に驚かなくなっていた。


「さあ!みんな立ってください!」

「これが今日の最後のミッションです!」


ミッションという言葉に興奮を覚えながらスクっと立ち上がると


「手のひらを広げてください。」

「今から特別な物をお渡しします。」


えー!なになに?特別な物ってなに?金塊とか?

ざわめく参加者たち。

期待と不安が入り混じる中、

今まで何もせずに立っていた眼鏡のスタッフが

何かを持って私たちの前に現れたのです。


「なんだ?」と思う間もなく、眼鏡男子は紙皿に用意した

今まで見たこともないほど大きな、真っ赤なそれを

むぎゅっとトングで掴んで、私の手のひらに乗せたのでした。


ぬ、ぬぉー!な、なんじゃ、これはっ!!



私の手のひらに乗っているもの

それはどっからどう見ても、明太子

一瞬思考が止まりつつも

まぎれもなく、博多明太子(たぶん)


なぜ、何ゆえに明太子?

そして何ゆえ手のひらに?

せめてその紙皿を貸しておくれぇぇ!


明太子を手のひらに乗せ、静まり返る参加者たち


そんな私たちを一切無視してマイケルは言うのです。


「さあ!今日最後のミッション!」

「明太子を一気に口に入れましょう!!」


ちょ、ちょっと待って、いや、一気に、ってさ。

そもそも明太子ってそうやって食べるもんじゃないしさ。

あんた九州にいたんだよね?

だったら、わかるよね?

せめて白いご飯をちょうだいなっ!


私たちの心の叫びを無視して、

部屋には大きなマイケルの声が響き渡る。


「さあ!さあ!」

「自分の殻を破りたいんだろ!」


今日イチ輝くマイケルの目

逃れられない状況に追い込まれた私たち小太り5人組


「殻を破るんだっ!これを食べて自分の殻を!」


そうか。もう、ここまで来たんだ。

やけっぱちになった私たちは

えいやっ!と口に明太子を放り込んだのでした。


うぎゃあ!辛い辛いよー!

助けて!誰か助けてーー!!


私たちが、もがき苦しんでいると、温子が水の入った紙コップを

そっと手渡してくれたのです。


あぁ、天使っているんですね

しかも、こんなバブルの残党のような出で立ちで。


なんて、生まれて初めて実物の天使を見た感動に包まれながら

気が付くと、私たちはお互いを拍手でたたえていて、

ついには、まだ明太子臭いその手を掲げて

お互いにハイタッチなんか交わしてしまっていたのでした。


これで、今日の講習は終わります。本当にお疲れ様でした!
皆さん、今日は小さな一歩です。持続しなければ自分は変えられません。
今日の一歩を確実なものにするために、次の講習に参加しましょう。
今なら次の受講料がなんと半額になりますよ。今すぐ申し込まないと通常料金になってしまします。


マイケルの締めの言葉に

申し込まないわけがない!という勢いで

手渡された参加申込書に迷わず記入している男性参加者たち


私は、というと

ハイタッチをした時に飛び散った明太子の粒が

私の白いシャツにこびりついていることに気づいた途端

「ふざけんなよ。これ、落ちなかったらどうすんだよ。」

と、さっきまでの高揚感は一気に冷え込み

「アホくさ。早く帰ろ。」

と、殻に入ったかのように見えた小さなヒビは

すぐに修正されてしまっていたのでした。


そして「ありがとうございました!」と

まだ、残っていた啓発力を振り絞って、大きな声で挨拶をし

足早に駅へと向かったのでした。


結局、明太子のピンクのシミは洗濯しても落ちなくて

でも、そのシャツを簡単に捨てることができずに

タンスの奥にしまった私


今でも、時々ふと思う。


もしもあの時、あのシャツに

明太子が飛び散らなかったら

私はこの分厚い殻を破り捨て、

今とは違う人生を、歩んでいったのだろうか。


そう、そしていつだって

私たちの未来を決めるのは

明太子の粒のように

小さい小さいことなのかも、しれないと。




今週のお題「私の未来予想図」

POLA×はてなブログ特別お題キャンペーン #私の未来予想図

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